握った拳(こぶし)

30歳になる頃、郷里福井のあわら市に住む母が函館に住む兄の下へ引っ越して、実家がなくなった。

家内も同郷なので帰省や仕事で福井には行くが、あわらとの縁は薄くなって何年も過ぎた。

40代後半、福井市で地元新聞社主催による「高浜和英トリオ・コンサート」があり、これが縁で「あわら楽友協会」という文化鑑賞団体から連絡があった。

2005年、3月19日、高浜和英トリオ(酒井一郎、八城邦義)でのコンサート。

育った町で初めての演奏、会場は私が高校時代に開館した「あわら市観光会館」。

 

リハーサルを終えると、スタッフの方が「高浜さんに面会の人がいるんですけど、楽屋にお通ししていいですか?」と、どうぞと言うと懐かしい人が訪ねて来た。

それが順番待ちをしていたかのように次々と、小学校の同級生、近所のおばちゃん、おじちゃん、ぱっと分かる人、しばらく話して「あ!」と分かる人。

本番が近づいても続くので、スタッフの方が「また終演後に」と締め切りにしてくれた。

縁遠くなったと思っていたのに、多くの人が覚えていてくれたことに驚いた。

トリオの二人「俺たち東京生まれだからこんなことないよな、故郷がある人が羨ましいよ」と。

コンサート無事終了して打ち上げ。

小学校の同級生と地元の方言で話していると、ドラマーの八城くん「へー、高浜ちゃんって方言しゃべれるんだね」と、本来これがネイティブなんだが。

この頃、既に北村英治さんのレギュラー5年目、上京した若き日、東京生まれの人が羨ましく、志半ばにして故郷に戻れずと握った拳も随分と緩んでいた。