昨日、ジャズ創世記を描いた映画「セントルイス・ブルース」(1961年)を紹介した。
ナット・キング・コール主演で作曲家ウイリアム・C・ハンディの半生。
20世紀に入る頃、ウイリアムは黒人牧師の息子で教会のオルガン奏者、厳格な父は讃美歌しか認めず黒人民謡を禁じ親子の確執を招く。
ウイリアムは家を出て黒人音楽を研究、一時的な失明の苦難を抱えつつ「セントルイス・ブルース」を発表、差別を乗り越え世に認められる。
1930年代~40年代、ブルース要素を含むジャズが世界に波及し全盛期となった。
その時代の上海がコンセプトの「夢上海」コンサートが二胡チェンミンさんと最初の仕事だった。
1998年春と秋の公演で共演終了と思ったが、チェン ミンさんから活動継続の希望を受け多くの曲を編曲した。
「セントルイス・ブルース」もその1曲、米国生まれのブルースを中国二胡でやったら面白いかと。
22日のコンサート、米・中・日、各国生まれの曲が一体となるひととき。