この素晴らしき世界

弾き語りのレパートリーは、自分が惚れ込んで覚えた歌と、自らの意思でなく仕事で覚えたものもある。そんな曲の中には、歌わなくなると歌詞を忘れることもあれば、ずっとレパートリーとして残ってゆくものもある。

「この素晴らしき世界」"What a wonderful world"という曲を頻繁にやるようになったのは、記憶だと25年ほど前で、その頃は歌うのでなく歌手のピアノ伴奏としてだった。サッチモルイ・アームストロング)が歌ったという以外、この曲に関する知識もなく深い思い入れもなかった。

15年ほど前、北村英治さんとの共演開始以後「もっと歌えよ」と励まされて、歌の練習に熱を入れて、徐々にレパートリーを増やしていった。
そんな中で、北村さんから「『この素晴らしき世界』を歌ってほしい」と言われて覚えた。
やってみると、お客様が喜んでくれる。特にヒット曲でもなく古くからのスタンダードでもないのに何故、と、やっている私は不思議だった。
お客様が喜ぶならとあちこちでやるようになったが、曲に関する知識がないので調べてみた。

1960年代後半、ベトナム戦争の時期に平和を願って生まれた曲、作者はG・ダグラス。作者の名に心当たりがないと思ったが、ペンネームで実はボブ・シールだと知った。
ジャズの名プロデューサーで、多くのジャズ名盤にその名を記憶している。
1968年にサッチモでヒットした後、1987年の映画「グッドモーニングベトナム」にサッチモバージョンが挿入されてリバイバルしたとあって、私が頻繁にやるようになった時期だ。

曲としてはジャズっぽいこともなくポップスでもなく、冒頭のメロディーは「きらきら星」と同じ、歌詞もストレートでシンプル、そんなことがジャンルや世代を超えて多くのアーティストと聴衆に親しまれるのか。

  木々の緑に赤いバラ 青い空に白い雲
  行き交う人々は、「ごきげんよう」と言葉を交わし握手する
  それは、「愛しています」と言うこと

メロディーはシンプルだが表現は難しく感じている。私は反戦や世界平和のメッセージは込めておらず、聞く人が個々に美しく平穏な風景を感じてくれれば幸いと思っている。