映画と音楽133-宴のハプニング

映画「卒業」(1967)、サイモン&ガーファンクルの「サウンドオブサイレンス」「ミセス・ロビンソン」などの挿入歌が大ヒット、中学1年の頃だった。

テレビで映画を観たのは高校時代で中身はあまり覚えていないが、結婚式で花嫁(キャサリン・ロス)を元カレ(ダスティー・ホフマン)がさらって行くラスト。

こんな衝撃的ではないにしろ、過去出演させて頂いた婚礼でのハプニングはあった。


あるライブご常連男性のご婚礼でトリオに管楽器入れた演奏を希望され、大先輩テナーサックス奏者芦田ヤスシさんをお願いした。

披露宴で乾杯の後数曲ほど演奏し休憩すると、何故か新郎が席を立ちこちらに来られ「芦田さんですよね、お久しぶりです」、私も芦田さんも驚いた。
新郎「学生のジャズ研時代トランペットで芦田さんのフルバンドに参加させて頂いた〇〇です」
芦田さん「あ、〇〇君か!これはこれは、まぁ、すっかりご立派になられて」


ある披露宴、開宴前の打ち合わせで司会者「いやぁ、まりました」、仲人夫婦大げんかして奥さん家を出て行けそうにないと連絡があったそうだ。
会場側も思い直して駆け付けてくれたらと、新郎新婦の両脇は空席のまま開宴。

お二人の経歴は司会者が代読、そのことに一切触れず空席のまま無事終了。

 

私が共演する以前の北村英治さんバンド、新郎新婦入場で名人トランベッターが「結婚行進曲」(ワグナー)を高らかに吹くはず、が、「バースデーソング」だった。

 

いずれも忘れ得ぬ婚礼の思い出になられたことと思う。

 

 

映画と音楽132-宴のタブー

映画「バード」(1988)、ジャズの革新的存在と言われたアルトサックス奏者、チャーリー・パーカーの伝記、クリント・イーストウッド監督。
パーカーたちが宴会仕事と聞いて行くとユダヤ人の婚礼で、ユダヤの曲を演奏するがアドリブを始めると長老が怪訝な顔、それがすぐ笑顔に変わって拍手喝采
優れた音楽は文化を越えて受け入れられる、監督のこだわりを感じるシーンだった。

 

若手の頃、宴会出演はイベント事務所からの依頼が多かった。
何か月か先の日程を「仮押さえ」、同じ日に別件が重なると「ペンディング」(保留)、条件確定し「決定」で保留を断る、その後中止の場合は事務所からキャンセル料が支払われるのが暗黙の業界ルール。
とはいえ時にルールなきキャンセルに泣きを見ることもあったが、婚礼に関しては滅多となかった。

 

披露宴出演でのタブーは失恋の曲。
若手の頃共演活動したジャズ歌手は学生時代ピアノ弾き語りをやっていたそうだ。
披露宴の進行が予定よりも早まり「すぐやって」と言われ、慌てて弾き語りしたのが「サントワマミー」、しかも日本語歌詞で〽二人の恋は終わったのね~、瞬間、全身冷や汗吹き出し歌い切り、幸いクレームはなかったそうだ。

 

歌のない器楽演奏で例えお客様が歌詞を御存知なくても、演奏家として幸せを届けたい気持ちから「いそしぎ」「酒とバラの日々」などは避ける。
あるライブご常連カップルの披露宴出演を依頼され、新郎はジャズ好きで明るい人柄だったが「ラウンドミッドナイト」「レフトアローン」を是非にと熱いリクエスト。
新郎の希望に沿いたいのは山々なれど、2曲とも失恋曲の中でも特に暗いメロディー、祝いの宴でとても演奏する気持ちになれないことをお伝えしご理解頂いた。
婚礼話は明日に続く。

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映画と音楽131-宴のつぶやき

昨日紹介した映画「夜の豹」でジャズバンドのパーティー出演シーンに因んで、私が出演した大宴会でのバンドつぶやき。

 

有名ホテルの大会場での披露宴、私はジャズコーラスグループ、他にクラシック弦楽四重奏、邦楽のお琴、全てイベント事務所から雇われて出演。
新郎は土木関連企業の御曹司、主賓の国会議員が祝辞。

「〇〇くん、〇〇さん、おめでとうございます。新郎のお父様と私は~」と業務上のつきあいを述べ、共に手掛けた事業の数々とその成果を延々披露、最後「末永くお幸せに」で結んだ。
バンド「あれで祝辞なのかね」

 

婦人団体の慈善事業寄付クリスマス会、皆さん60代~80代。
司会は会員のご婦人「それでは開会のご挨拶を会長から、”短め”にお願いします」と釘を刺すフレーズが気になった。
登壇された会長はかなりのご高齢で元外務省関係の未亡人、亡き夫の功労とその意思を受け継いだご自身の活動報告が止めどない。
バンド「あぁ、これで釘刺したのか」
全く終わる気配がなく司会者強引に「はい、会長、ありがとうございました」と遮るが、会長「その時も私は〇〇国の団体を通じて」と続ける、再度司会「はい、はい、会長ありがとうございました、それでは」の強制終了にも全く動じることなく世界情勢問題に発展。
バンド「すごいことになったなぁ」、予定時間をかなり過ぎた開宴となった。

 

ある地方で土木関連会社創立記念、来賓の県会議員先生が紹介されて社長挨拶。
「わが社はこれまで多くの困難を乗り越えて今があります。その都度〇〇先生には大変なご尽力を頂きました。自然災害、不況、そして脱税!」
バンド「今、ダツゼイって言ったよな!いいのかね犯罪歴を大声で」
様々なシーンがはっきり思い出される。

 

映画と音楽130-夜の豹

昨日、雨の銀座「俺のやきとり銀座9丁目店」、17時代から満席は「まんえん防止」措置で8時閉店だからだろう。

シェルブールの雨傘」「レットイットビー」「フライミートゥザムーン」などソロ演奏、ほとんど若い世代のお客様、よく楽しんでくれた。

 

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映画と音楽ー夜の豹
映画「夜の豹」"Pal Joey"(1957)、フランク・シナトラ主演。タイトルは知っていたが観たのはつい先日、こんなジャズ映画とは知らなかった。
全曲リチャード・ロジャース作曲とロレンツ・ハート作詞、"Bewitched"、"My Funny Vallentine"、"I Did't  Know Time It Was"他。


邦題「夜の豹」は主人公のことだろう、歌手ジョーイ(シナトラ)は自信家で押しが強く女性問題であちこちクビになり文無しでカリフォルニアへ、ショークラブに昔馴染みのバンドを見つけて入り込む。
コーラス&ダンス女性の一人(キム・ノヴァク)がジョーイの目に留まる。
そこに登場する富豪未亡人(リタ・ヘイワース)、実は元ショーダンサーでジョーイの昔馴染み。
当て付に"Lady Is A Tramp"(レディは気まぐれ)を歌うが、それが気を引いてジョーイに惚れ恋のさや当てへ。

 

この映画と同じ時代にアメリカで放映されていたテレビ番組「ナット・キング・コール・ショー」、日本では放映されていなかったが以前ビデオ化されて観た。
30分番組で毎回替わるゲストはエラ・フィッツジェラルドメル・トーメ、キャブ・キャロウエイ、ハリー・ベラフォンテなどなど。

コールさん「枯葉」を歌う隣に英語詩を書いたジョニー・マーサーがいたり、オスカー・ピーターソントリオでコールが歌ったりとお宝映像満載だった。
コールが「新曲は今流行のロックンロールです」と言って歌う"Send For Me"、今の感覚で聴くと多分にジャズっぽいが、当時(昭和32年)日本もロカビリーブームの夜明け。

キング・コールも60年代に入ると、ジャズ要素薄くなり「ランブリングローズ」などカントリー風のヒット曲、私の世代はこの辺りからリアル。

 

 

 

映画と音楽129-クラシック

昨日「俺のフレンチ横浜」、ベース大塚義将さん、ドラム秋葉正樹さん、若手お二人とトリオ演奏、20分ステージ4曲のみ、あっという間が惜しいほど楽しい演奏だった。

本日は銀座「俺のやきとり銀座9丁目店」にソロ出演。

 

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映画と音楽129-クラシック

昨日ブログに書いた1940年代の復刻版レコードシリーズにカーメン・キャバレロ楽団もあり、50年代以降の演奏しか知らなかったので新鮮に感じた。

このピアニストが有名になったのは映画「愛情物語」(1956)テーマ”To Love Again”で、ショパンノクターンのアレンジだった。 

クラシック曲が印象的な映画は多く、ディズニーアニメ「ファンタジア」(1940)はチャコフスキー他、「哀愁」(1940)は「蛍の光」、SF映画「2001年宇宙の旅」(1968)で「ツァラストらはかく語りき」、戦争映画「地獄の黙示録」(1979)で「ワルキューレ」などなど。

 

タイタニック」(1997)で船の沈没で乗客が避難するデッキに楽団が残り、讃美歌「主の御許に近づかん」を演奏し続ける。

公開当時、演奏家仲間で「自分だったらどうする」という話がよく出た。

私は北村英治さんと幾度もクルーズに出た、「タイタニック」時代はピアノは持ち運べなかったが現代は船にある電気ピアノでデッキ演奏可能。

もし北村さんがクラリネットを握りしめ「残って演奏する」ということに・・・先ずならないだろう、私と共に避難訓練を真剣に受けられていたから。

 

「ミッションインポッシブル  / ローグネーション」(2015)で、歌劇「トゥーランドット」上演中、暗殺者が譜面を見ながら最高音で盛り上る部分で狙撃の計画、音楽と共にスリル頂点へ向かう見事なシーンだった。

一流スパイは譜面も読めないと勤まらないのだろう。

 

映画と音楽128-スイート

本日「俺のフレンチ横浜」にベース大塚義将さん、ドラム秋葉正樹さんと出演。

18:20~ワンステージ。

 

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映画と音楽128-スイート
昨日書いた映画「錨を上げて」のセリフに登場したフレディーマーチン・オーケストラは、ジャズのブルースやリズムを控えめにしてクラシック風味を入れ、甘く上品なサウンドで「スイートミュージック」とも呼ばれた。

この楽団と双璧がカナダの「ガイ・ロンバードとロイヤルカナディアンズ」、いずれも全盛期は第二次大戦中で日本では終戦後だろう、80代の知人は進駐軍放送で聴いたと話されいてた。

 

音楽の流れとしてはその後イージーリスニングへと続くが一般的には馴染みが薄い。

私が初めて知ったのは20歳半ば過ぎ、FMラジオでそれら「スイート」復刻版シリーズ発売で2曲ほど紹介されて耳に留まった。

新宿のレコード店で「フレディー・マーチン」「ガイ・ロンバード」2枚買って、ライブ出演へ。
同世代共演者が「何買ってきたの見せて」と言われて袋から出すと、およそ馴染みのない楽団と古めかしい写真に「変わったもの聴くんだねえ」。

 

当時(1980年代前半)、ホテル・ニューオータニに出演していたジョイフル・オーケストラの他、わずかながらその手の演奏をするバンドはあった。

後年その出演もなくなりバンド解散、譜面を保管されていた方もお亡くなり廃棄されると聞いたある管楽器奏者が譲り受けた。

その方は私と同世代で以前お会いした折に「一度音にしてみたいと若手奏者を集めてリハーサルしてみたけど、あのスイートサウンドにならなくてね、譜面通り演奏してもあの時代の音を知らないと再現できないんですよ」と話されていた。

映画と音楽127-ヒーロー・はち

60年代半ばに放映された米国テレビシリーズ「グリーンホーネット」、新聞社社長と運転手コンビが正体を隠して活躍するヒーローもので、運転手役は若きブルース・リーだった。

コンビのシンボルが緑色の熊蜂(”Green Honet”)だったが、家のテレビは白黒だったので分からなかった。
テーマ曲はクラシックのリムスキー・コルサコフ「熊蜂の飛行」が原曲。
当時ベンチャーズが演奏した「バンブルビーツイスト」も同じ原曲でオリジナルアレンジと思っていたが、20歳過ぎて40年代の「バンブルブギー」のカバーだと知った。

 

「バンブルブギー」はフレディー・マーチン・オーケストラ(ピアノはジャック・フィナ)のヒット、これより前にチャイコフスキーの「ピアノ協奏曲第一番」に歌詞をつけた"Tonight We Love"で有名になった。
この楽団の人気がミュージカル映画錨を上げて」(1945)のセリフで分かる。

 

映画撮影スタジオの隅でピアニストが「ピアノ協奏曲第一番」を弾いている、遊びに来た若い水兵(フランク・シナトラ)が「その曲知ってるよ」と"Tonight We Love"を口ずさむ。
ピアニスト「チャイコフスキーの曲だよ」と言うと、水兵「違うよフレディー・マーチンだよ、ラジオでよく聴いてる」。
このピアニストはホセ・イトゥービ、クラシックとジャズ融合の演奏シーンたっぷり、タイトルにも大きく名前が出るから有名だったのだろう。

 

映画「キスメット」挿入歌"Stranger In Paradise"の原曲はボロディン、本日のリムスキーコルサコフチャイコフスキー、皆さん19世紀後半ロシアの作曲家。