芸事12-不良との決別

昨日、「バンド」イコール不良と言われた時代のことを書いたが、ビートルズ初来日の記者会見で「武道館での公演で日本の伝統を壊すと言う人もいるが」との記者の質問に、ポールが「僕たちは音楽を演奏しに来ただけで、伝統を壊そうなんで思ってやしない」と真顔で答えている。

彼らの音楽や長髪ファッションがそれまでの社会常識を壊すことで拒否する大人が多かった。

 

この頃アメリカの反戦フォーク「花はどこへいったの」「風に吹かれて」などに触発されて、日本でも社会風刺などを織り込んだ「プロテストフォーク」の人気が出て来た。

小学生の私は兄に教えられて、歌にメッセージを込めることが凄いと感心した。

大抵の歌は軍歌もCMソングもラブソングもメッセージを持っているのだが、この時代はベトナム戦争反対など世界中で共感を得て、子供でも「正義の歌」に感じたんだろう。

この影響受けてビートルズも”LOVE&PEASE”を織り込む歌が増えた。

若者にとってこういうメッセージ性は「不良になる」と言った大人に対してのリベンジ精神も含んでいたのかもしれない。

 

ジャズにおいても、マイルスやコルトレーンは50年代にスタンダード曲を演奏していたが、60年代に入るとオリジナル曲で前衛的ともいえる方向へ進んで行き、「ジャズが芸術の粋に到達した」なとど評され、もはや不良とは縁遠いものになった。

メディアはこぞってジャズは実験的に進化する芸術であると伝えるようになると、スタンダード曲をごく当たり前に演奏するスイングジャズを、娯楽と癒しだけの日常的でつまらない音楽と捉える人も増えた。

続く。