このシリーズは最初「落語」にしたが、幅広く書こうと「芸事」としたので、落語話題が続くがお読み頂けたら幸い。
2010年6月に北村英治さんとデュオで北海道へ、羽田から一日一便のみ往復のオホーツク紋別空港へ飛び、車で湧別町(ゆうべつちょう)へ。
会場のホールでリハーサルを終えて本番まで時間があり、施設内の「屯田兵歴史館」を北村さんと見学。
かつてこの一帯の原野を開拓した屯田兵の歴史と、暮らしに使った品が展示されていた。
見学者は我々の他は2~3人しかおらず、北村さんと少し離れてガラスケースの展示を見ていた私、小さな猪口(ちょこ)に目が留まった。
戦争時代の品で日の丸と日章旗のぶっちがいの柄、「北村さん!」と声をかけると「何だい?」とこちらへ。
猪口を指さして「これ、鰻のたいこですよ」、北村さん「あ、ホントだ」とにっこり。
(イラストは記憶によるイメージで博物館のものではない)
「鰻の幇間(たいこ)」は明治時代に書かれた古典落語で、私は古今亭志ん朝さんで覚えた。
夏枯れの街、幇間(太鼓持ち)の一八(いっぱち)が「どこかで会った気がする」だけの客にごちを願って鰻屋にお供する。
酒に鰻にさんざん世辞を並べる、客がはばかりに行ったまま戻らないので仲居に聞くと「お帰りになりましたよ」、しかもお土産5人前まで持ち帰って支払いは全部一八、「やられたー!」。
何処の誰とも分からず、中居に当たり散らす。
何故黙って帰した、大体この店はきたない、鰻が硬い、徳利の模様が良くない、そしてこの猪口(ちょこ)も。
「そっちは三河屋としてある、酒屋の配り物を客に出すんじゃないよ。それはまだ我慢が出来るけど我慢のならないのはこっち、日の丸と連隊旗がぶっちがいになって祝出征としてある。
これを配って戦地に赴いた兵隊さんが今どんな苦労をしているかと思うと、飲めますか、酒が!」
どっと笑いがくる場面で、名人芸に一八の人柄と悲哀に可笑しさと同情を感じる。
最近は猪口がぶっちがいでなく演じられることもあって、時代に即した芸の工夫。