ご高齢の方々がお住まいの施設で、「北村英治コンサート」、今回も多くのお客様が楽しんでくれた。
恐らく皆さん70~90代という世代であり、私の弾き語る「私の青空」「リンゴの木の下で」は外せないナンバー。
英語で歌ってアドリブ、そして日本語で歌い出すと如実に反応があり、一緒に口を動かす人も多く見受けられて、私も大いに喜びを感じた。
いずれも米国生まれのジャズソングだが、「私の青空」は昭和3年(1928年)、「リンゴの木の下で」は昭和12年(1937年)に、日本語でレコーディングされて大ヒットした。
北村さんも昨日のお客様も、こういうジャズソングが新曲としてヒットした時代に幼少期だった訳だ。
終演後は喫茶室へ、入居者のお一人で北村さんの同級生、那須さんと談話。
戦時中の思い出を語られた。
「中学生の動員で飛行機の部品を作る工場に行ったんだけど、最初の頃はわずかながら給料が出たんだよ。
そらもう嬉しくてさ、腹が痛いとか仮病で早退して音楽の演奏を聴きに行ったりしたよ(笑)。
でも、あの時代は国策であれがダメこれはダメだったからね、おおっぴらにジャズ
が出来る、これは本当に素晴らしいよ」