現在、北京の地下鉄路線は網の目のように走っているが、私が行った頃は東西と環状2路線のみ。
上海は券売機と改札は自動化されていたが、北京は窓口でチケット均一料金3元(当時レート約40円)を購入し、ホームに降りる階段前に駅員おばちゃんがもぎり、下車後は改札なし、大国の首都ながらのんびりした懐かしさが残っていた。
2004年2月の酷寒、昼前だったか地下鉄に乗り車両端の席に座ると離れた席から異様な雰囲気が。
ホームレス風男性が両手を乗客に差し出している、客はポケットから何やら渡す、T字の杖を脇で支え足をひきずるように進みまた次の客に、手元を見ると1元(当時レート約13円)を渡している、無視する客もいるが、こちらに近づいて来る。
下を向いて「私は外国人です」と心で訴え通過を願ったが、私の前に立ち止まり手を出すので1元渡すと黙って次の車両に消えて行った。
以前、北京駅待合室でもこういう人を見かけて「社会主義国なのに」と不思議だった。
夕方の地下鉄は立っている人もいて奥から甲高い呼び声がして何事かと、声が近づくと「ワンバーオ!」、晩報(夕刊)売りだった。
若い男性が片手に新聞束を下げて呼び声高らかに乗客の間を縫うように、呼び留めて買う人ごくわずか、
日本では考えられないことがあるものだと思っていたが、こんなのは序の口で翌日の地下鉄で信じられない出来事が。
2004年「王府井駅」。2000年に初めて訪れた時は写真上の行先表示がなく、ホーム両側どちらがどこ行きかも分からなかった。