銀座とジャズ

銀座の「金春通り(こんぱるどおり)」は、江戸時代に能の金春流屋敷があったことに由来する。

この通り沿いにソロで出演させて頂いている「俺の割烹」があって、演奏でよく行くようになって気付いたのだが、通り入り口に「煉瓦遺構の碑」がある。
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目立つこともなくほとんどの人は通り過ぎてしまう石碑だが、プレートにはこうある。

明治5年から10年にかけて、英国人指導による日本で初めての煉瓦街が丸の内と銀座に作られた。国家予算の4%を費やし、ガス灯などで整備された通りが述べ1万メートル余り。旧金春屋敷から発掘されたものを記念碑とした。
 
更に詳しく歴史を読むと、明治初期に火災がありこの一帯が焼けたことで、政府が洋風の煉瓦建築を計画したが、住民の意見など難問も多く、木造なども交えて完全な煉瓦建築とはいかぬままに工事は完了した。
 
煉瓦建築は住まいとしての評判が悪かったために、新聞社や輸入品を扱う業者などが入ることで、銀座が西洋文明の窓口となった。
その後、この煉瓦街は関東大震災で破壊されてしまったそうだ。
 
自然災害の多い日本は、ヨーロッパのように古い街並みがそっくり残ることは難しい。とはいえ、そんな歴史を知ると、おしゃれな銀座の今がなるほどと頷ける。
 
若い頃によく仕事に行った、六本木、赤坂、新宿が時代の変化と共にジャズの生演奏の場所も減り、ほとんど行くことがなくなったのに比べ、銀座には昔も今も連日のように演奏に行っている。
銀座とジャズ、ハイカラ好みの歴史と伝統に支えられた相性の良さかもしれない。
 
さて本日、そんな銀座で長い一日。
東銀座「俺の揚子江」、12:40~ソロでランチタイムコンサート。
銀座八丁目に移動して、「俺のイタリアン JAZZ」、15:50~ヴォーカルのちゅうまけいさんと夜までのステージ。